2010年12月28日



平素お世話になっております。バトラーツでございます。


15年間という長きに渡り皆様に応援していただいてまいりました格闘探偵団バトラーツですが来年15周年の区切りの年をもちまして解散する事が決定いたしました事をここにご報告させていただきます。



3月までのスケジュールを終え、春からゴールデンウィークを目安に解散興行を行う予定でおります。解散理由、また意向につきましては次の石川の言葉にかえさせていただきます。


◆◆◆


時は流れ、過ぎ去りし出来事はいつしか伝説となる。
時代が変化を呼ぶのか、変化が時代を呼ぶのか。
例えば坂本龍馬がこの現代に生まれたら、あれほどの事を成すことはなかったであろう。また、アントニオ猪木が現代のプロレス界にデビューしたらカリスマと成りえただろうか。

時代が彼らを選んだのか、彼らが時代を選んだのか。


つまりは宿命のなすこと。1995年バトラーツは結成された。時代の荒波の中、若き日の石川雄規、池田大輔、船木勝一、田中稔、臼田勝美、小野武志、アレクサンダー大塚、米山聡が船出をした。

すぐに潰れる、と言われた。常識と闘った。世間に闘いを挑んだ。ドン・キホーテのように、“時代”という“魔物”に闘いを挑み続けた。失うものはなかった。青春だった。ムキになればなるほど荒波は高くなるが、それ故それを越える“甲斐”がある、そんな時代だった。


あれから15年。


選手たちはそれぞれの道を歩み、バトラーツの世代も変わった。時代も随分変わった。15年・・・。


幼稚園児だった人間が成人する長い歳月だ。プロレス界も変わった。団体が意味をなさない時代。レスラーが個人商店になっていかざるを得ない時代。あの時代と闘った“初期のバトラーツ”は現代の中で過去の昔話となった。それは当然だ。しかたない。


もし我々が今の時代にバトラーツを旗揚げしたとして、あのようなムーブメントをつくれたかといえばそれはNOだ。

そう、坂本龍馬が現代に生まれたとして、あのような歴史的活躍をしたかといえばNOであるように。個々の時代に、団体というくくりは用をなさなくなってきた。叩いても叩き甲斐のないクソッタレの時代になったのも理由だが、バトラーツは今は道場を構えてない。つまり新たな人材を生み出せない。


このまま先細りは目に見えている。


興行名、ファイトスタイル、はバトラーツだが、実態は組織団体ではなくなっている。キャンデイーズも解散した。ピンクレデイーも解散した。アリスも、米米クラブも解散した。UWFも解散した。


そして伝説になった。


時代がバトラーツという“団体”を必要としていないなら、そろそろ潮時だろうと思った。

知らぬうちにいつか消えて忘れられるより、15周年のいう節目に“解散”として区切りをつけ。人々の記憶に伝説として刻みつけたい、と思った。時代に合った形で、それぞれがバトラーツイズムを胸に新たな道を歩いてゆけばよい。
一旦リセットすることにより、新たに生まれる事の方が多い、そう判断したのだ。アリスは解散しても、谷村新司は歌っている。UWFは解散しても、元UWF戦士はリングに上がっている。
春あたりをめどに、15周年&バトラーツファイナル興行を開催したいと思っている。バトラーツという看板の元の興行は残り少ない。

最後に、バトラーツを応援してくれたファンの皆様。ご支援くださった関係の皆様に感謝御礼を申し上げます。


体のメンテナンスにおいては橘整骨院、橘啓司先生。法律関係においては光谷法律事務所、光谷晋治先生。たいへんお世話になりました。
そして、一時期の経営的にもどん底の時から、資本投入、相談役会長として我々を深い懐で支えてくださった石田勲会長。


また、石川屋出店の縁で、バトラーツの株主として経営に参画してくださり、本来であればとっくに倒産、破産のところを上手に切り抜ける経営手腕の指導、法人バトラーツを軟着陸させ、今まで存続させる為に多大
なる尽力をくださった(有)リンクスの高橋太郎社長に、この場をお借りして心から感謝御礼申し上げたいと思います。


2011年。バトラーツは15年の歴史の幕を降ろす。


格闘探偵団バトラーツの青春物語は、永遠に皆様の心の中に残ります。


そしていつしか伝説となり、神話になるでしょう。




2010年 12月28日

格闘探偵団バトラーツ
石川雄規
posted by 澤宗紀 at 16:57 | 日記
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